ASTON MARTIN AKASAKA

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Aston Martin Lagonda
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Aston Martin Lagonda

英国のワーウィックシャー郊外のゲイドンにあるアストンマーティン本社工場と、バッキンガムシャーのニューポート・パグネルの旧本社工場では、伝統がハイテクと融合しています。高度な訓練を受けたエンジニアが、マスタークラフトマンと共にハンドメイドで一台一台製造しています。

アストンマーティンが現在もハンドメイドで製造されているのは、微妙な設計やデザイン上の理由が多くあるからです。熟練したクラフトマンは、生産ラインのロボットには真似の出来ない複雑な作業が可能で、ロボット生産を前提としたデザインをこえたものを実現しています。その代表的なものが、V8 Vantage・DB9のフロントウィングに収まるヘッドランプのカットラインの無いデザインです。

エンジンもかつてのアストンマーティンが常にそうであったように、一機ずつハンドビルドされています。現在は、ドイツのケルンにあるアストンマーティン専用のエンジン工場で、2種類のエンジン(V8・V12)がハンドビルドされています。

いずれの工程においても常に最優先されるものは、品質です。全てのアストンマーティンがハンドメイドされることと、スーツや時計などの世界有数のあらゆる優れた装飾品が、ハンドメイドであることの理由は、正にこのためなのです。

アストンマーティンはまた、世界で最も著名なスポーツカーメーカーのひとつです。アストンマーティンは、ほぼ90年にわたり個性的なスポーツカーをハンドメイドで生産してきました。90年間で生産された台数は、わずか25000台ですが、その80%以上がまだ現役で、世界中の熱狂的オーナーたちによって、ドライブまたはレースで大切に愛用されています。

アストンマーティンの創設者、ライオネル・マーティンとロバート・バンフォードは、明確なビジョンを持っていました。そのビジョンとは、傑出したキャラクターを持つスポーツカー、運転すること・所有することに喜びを感じる車、力強さ(Power)と美しさ(Beauty)を備え、乗る人の魂(Soul)を揺さぶるような車を創造するというものでした。この理念は今も息づいています。

1947年、アストンマーティンは実業家デビッド・ブラウン(DBシリーズの語源、後のデビッド卿)によって買収され、その直後にDBシリーズがデビューしました。1950年代と1960年代では、すべてのスポーツカーの中で最も美しくかつ人気の高いモデルとなり、会社の将来を決定付けました。このデビッド・ブラウン卿がオーナーを勤めた時代、アストンマーティンはDBR1で1959年のル・マンに勝利を収め、その年のワールドスポーツカーチャンピオンを獲得しています。

またこの時代に、アストンマーティンDB5が映画に初登場することとなり、ショーン・コネリー扮するジェームス・ボンド愛用のボンドカーとして有名になりました。 最近では、2003年にピアース・ブロスナン扮するジェームス・ボンドのボンドカーとして、V12 Vanquishで復活し、続く2006年のダニエル・クレイグ扮するジェームス・ボンドのボンドカーでも、特別仕様のDBSで登場します。

カーレースでは、アストンマーティンの血統が今でもしっかり受け継がれています。2005年からDB9をベースにしたスペシャルマシン(DBR9)で国際スポーツカーレースにワークスチームとして復帰し、2006年には、DBRS9をプライベートチームに提供し、各国のスポーツカーレースに参戦を始めました。このレースフィールドで培われる血統は、生産車であるV8 Vantage, DB9,Vanquish Sに確実に引き継がれ、アストンマーティンの新しい時代の幕開けを告げています。



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